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棚田に地域の未来をたくす
2022/11/11

棚田に地域の未来をたくす

長坂棚田(富山県氷見市)

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 富山県氷見市の中山間地にある長坂棚田は、1998年に「日本の棚田百選」に選定されたのに続き、2022年には「つなぐ棚田遺産」(ともに農林水産省)に認定されました。高齢化や農地の荒廃が進むなか、地域の人々が「今、手を打たなければ、取り返しがつかなくなる」と立ち上がり、1999年から「棚田オーナー制度」に取り組んでいます。地域の存続をかけた一大プロジェクトは、スタートから24年が経過した現在も、住民たちの手で守り継がれています。

棚田オーナー制度
都市住民等に直接工作にかかわってもらいながら棚田を保全していこうという制度

基本的なしくみ

  1. 地元農家と行政等が連携して、棚田のオーナーを募集
  2. 地域の非農家や都市住民が応募し、 会費を払って一定区画の水田のオーナーとなる(この水田をオーナー田と呼ぶ)
  3. オーナーは年に数回田植え・草刈り・稲刈りなどの作業を地元農家の指導をうけて行う
  4. その区画でとれたお米がオーナーのものになる

地域の生き残りをかけ、棚田オーナー制度スタート

 長坂集落は氷見市の中心部から17kmほど離れた場所にあり、49世帯99人が暮らしています(2022年現在)。かつては大窪村と呼ばれ加賀藩の特権職人であった宮大工の集団が居住した地域でもあり、今も大工(職人)と農業を兼業している人がいます。地域の歴史とともに育まれた名所がいくつもあり、長坂の大犬楠や長寿ヶ滝、古くからの神社仏閣などが大事にされてきました。

 1980年〜85年にかけて土地改良で10a区画の圃場整備が行われましたが、棚田は面積が小さく、のり面が広いので大区画の圃場のように効率のいい仕事ができません。地理的な条件に高齢化や人口流出も重なり、90年代ごろから農地の荒廃が進み始めたといいます。
 当時の住民たちは地域の存続をかけて「棚田地域等緊急保全対策事業」を導入して、農道の舗装や水路改修などの生産基盤の整備を進めました。そして氷見市からの提案を受け、99年に「棚田オーナー制度」の導入に踏み切ります。「もともと長坂の米は美味しいと評判で、自分たちはそのことに自信を持っていました。海越しの立山連峰が見える場所というのも、自慢です」と、長坂副区長の森久志さんは話します。

絶景の地で「自分でやりたい」気持ちに応える

 標高200mの急傾斜地に広がる長坂棚田は、天候に恵まれれば海越しに立山連峰が望める絶景地です。農閑期も除草が行き届いた姿からは、地域の人が棚田を誇りに思い、先祖から受け継いだ土地を次世代へつなぎたいという強い気持ちが伝わってきます。棚田オーナー制度用の田(オーナー田)は0.58haあり、地元の人たちが口を揃えて「ここからの見晴らしが一番いい」と太鼓判を押す場所に広がっています。オーナー田では昔ながらの米づくりが行われていて、春は折衷苗代と田植え、秋は稲刈りとはさ掛けのイベント日が設けられ、オーナーたちはこの2日間を中心に作業に参加しています。「生活排水もほとんどありませんし、田植え機も稲刈り機も使いません。減農薬栽培なので収穫量は少なくなりますが、オーナーさんには食の安全への関心の高い人が多いので喜ばれています」と長坂区長の藤井隆さん。継続的にオーナーになっている個人やグループは、なるべく自力で作業できるようにサポートしているそうです。

棚田オーナーを迎える日、地域がワンチームになる

 オーナーが訪れるイベント日は、JA氷見の協力も欠かせません。田植え用のコシヒカリの苗や資材の準備を任せています。JA氷見市女良支所の荒木宏昌支所長は「棚田の田植えは一般の田んぼよりも遅いので、苗の状態を毎日のようにハウスへ見に行き、育苗指導をしています」と話します。オーナーへの指導にあたるのは「椿衆」と名付けられた長坂の住民たちです。「椿衆」は、オーナー田の荒起こし、代づくり、水管理、畦の草刈り、脱穀などの圃場管理を通年で担う大切な役目も果たしています。「椿衆」の徹底した圃場管理が、美味しい米の原点です。オーナーに圃場のことや地域のことを積極的に話しながら、長坂棚田での一日を楽しく過ごしてもらうために、万全の準備をして田植えや稲刈りの日を迎えているといいます。

「オーナーの皆さんとの時間はとても充実していますし、首都圏から子どもを連れて来られている人も多いので張り合いがあります。コロナ禍以前はオーナーと飲みに行くこともありました。田植えや稲刈りを通して中山間地の農業を知ってもらうことが、農地荒廃の食い止めにもなると思います」と森副区長。藤井区長も「イベント日を迎えるにあたって、自分の圃場の田植えや稲刈りを終わらせる住民ばかりで、農作業や環境美化に張り合いが出ているようです」と言います。
 またイベントでの手伝いや昼食の用意をする「姫椿衆」という地域の女性グループも結成されています。オーナーの昼食に出すおにぎりを作ったり農作業を手伝ったりと、地域一丸となって「棚田オーナー制度」に取り組んでいます。長坂棚田には、年間延べ約300人のオーナーが農作業にやって来ます。オーナーの関係者や、美しい景色を撮影することを目的にした観光客も増えており、近年は年間約1,000人以上が長坂棚田を訪れています。このような関係人口の増加も、地域の活性化に一役買っています。

未来に向けた課題と向き合う

 「棚田オーナー制度」は、長坂の住民同士のつながりも濃密にしました。高齢化による離村、離農者も出てきていますが、できる限り耕作放棄地にせずに、ほかの住民の手で農地として維持しているのも、日頃からの地域の連携があるからです。JA氷見市の荒木支所長も「若い人が少ない中で、長坂棚田の維持と継続のためにどんなフォローができるかを考えています」と話します。「椿衆」の高齢化という課題も出てきました。70代が中心となり、以前よりも農作業が負担になっているため、氷見市のシルバー人材センターや地域おこし協力隊などの連携も視野に入れ「棚田オーナー制度」の存続を図りたいと考え始めているところです。

 2022年度は31組が「棚田オーナー制度」に参加し、コロナ禍で中止されていた田植えが3年ぶりに再開されました。今、地域住民は、オーナーたちとの交流や農作業から生まれる笑顔を、地域活性化に向けた原動力にしています。「地域の原風景である長坂棚田が、後世に残ることを願っています」と藤井区長は話します。
 オーナーが楽しみにしているイベントをサポートするJA氷見と、親身になって協力いただいている農家さんとの強い結びつきによって守られている長坂の棚田。美しい風景を次の世代に残すために、「棚田オーナー制度」は欠かすことのできない取り組みです。

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